吉田美保子のsomeoriノート

Friday,25 November 2016

「清正公の陣羽織ー吉田美保子展ー」おわりました。

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おかげさまを持ちまして、「清正公の陣羽織 ー吉田美保子展ー」無事、終わりました。本当にどうもありがとうございました。ふるさと熊本で個展を開催できて、たくさんの方々に見ていただけて感無量です。

今回お買い求めいただいたお客様、本当にどうもありがとうございます。おかげさまで熊本城への寄附もでき、私の生活資金ともなり、次の制作も出来ます。
ご来場いただいたすべてのお客様、どうもありがとうございます。会えてよかったです。
来れなかったけどエールを送ってくださったみなさま、ありがとうございます。
それから、熊本ゆかりの染織作家展プロデューサー安達絵里子さん、本当にどうもありがとう。安達さんは心の支えでした。
そして、最高の舞台を用意してくださり盛り上げてくださった、きものサロン和の國の茨木國夫さん、女将さんのゆりさん、スタッフの緒方麻由子さん、重ねましてどうもありがとうございました。

熊本へは約7ヶ月ぶりに帰りましたが、第一印象は、「わあ、元気になった。街もとてもにぎわってて、みんなの表情も明るい。さすが、熊本。底力あるなあ〜」というものでした。「ああ、よかった」と思いました。

なんと私はのんきなのでしょう。

それが、街中はまだよかったのですが、ちょっと外に出ると、ぽっかり空いた空き地がぽこぽこあります。あれ、ここ空き地だったっけ?一秒後に、ああ、業者さんが来て、解体済みってことね。さらに見回すと、取り壊し中の家や、まだ手つかずの建物も。ブルーシートもまだまだ。まだまだ。
人と話しても、明るいけど、みんな何らかのことを抱えています。どうしようもないことがあっても、前向きな熊本人は、めちゃ強いと今回確信しました。

展示会のご報告を書きたいのですが、ちょいと、、、伸びてしまって頭も指も動かず、、、。せいしょこさんにご報告もせねばなりませんが、、、、かたじけない、、、明日以降、かならず、、、

そんな中、安達絵里子さんが、和の國さんのブログに、お礼の記事を書いて下さいました。さすが出来る人は仕事が早かね。こちら→

こちらには、緒方麻由子さんが、「熊本日々新聞」になんと2回載ったことを書いてくださっています。→

どうもありがとうございます。ではまた明日以降。


Saturday,19 November 2016

ただいま!

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帰ってきました〜。熊本、最高!

今日は、朝から本降りの雨の中を、びしょぬれに濡れながら南林間まで歩いて電車に乗って、乗り換えて、乗り換えて、羽田に着いたら大混みで、すわ、乗り遅れかって焦ったら、飛行機も遅れ、熊本への到着も遅れ、あわわわわ。
1時半に和の國さんで、「ふらっと日本」さんというネットニュースの取材を受けていたのです。きゃーギリギリ〜。

ギリギリだったけど、ほんわかした雰囲気でお話させてもらって、ありがたかったです。
和の國の國さん、おかみさん、スタッフの麻由子さん、みなさん、あたたかくウェルカムしてくださって、うれしかった。それから、飾り付けをお任せして、私は久々のフリータイム。熊本市内をてくてく歩く。

前から行きたかった「さかむら」さんでお茶。一歩入ったら、空気が違うよ。さすがだ。空気を作り替えちゃう。すごくほっとして、一服のお茶をいただく。名前なんだったかな?さっぱりしたほうじ茶みたいな冷たいお茶。おいしかった。

それから、下通りと新市街をてくてく歩いて、肥後銀行の里山ギャラリーへ。まあ、なんといい空間が出来ているのでしょう。その上、奇遇なことに、「清正公と本妙寺」という展覧会をしていたのです。ビックリ。今回の制作の参考にした清正公が着た上衣の本物が出てた。すごい。大事にされているんだな。見られてよかった。

それから、すぐそばの「橙書店」へ。一瞬で吸い込まれる。来れてよかった〜。以前のお店もよかったけど、ますますいいわー。震災をきっかけにグレードアップしてる。うっとり。ゆっくりお買い物して、さあ帰ろう。

熊本は今、交通センターというバスの拠点が工事中で、私はどこで乗ればいいのか分からない。それで、交通センターから乗るのではなく、途中から乗ろうと歩き始める。「日銀前」「河原町」。国道3号線、白川沿いを歩いて、長六橋を渡る。いい散歩である。「迎町」。ここで待つか。次の「向山校前」まで行ったら、途中でバスに追い抜かれるかも。

「迎町」でバスを待ちながら撮った写真が、上の画像。なんか、しっとりしているの、熊本。空気が水っぽい。カラカラの関東から来ると、なんと優しいのだろうかと思う。

Friday,18 November 2016

熊本ゆかり便り、吉田美保子展直前号・後編

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わー!きものライター安達絵里子さんが、和の國さんのブログに、「熊本ゆかり便り、吉田美保子展直前号・後編」を書いてくださいました。今回は、銀線細工の松原さんのことを書いてくださってます。どうかお読みになってください。→

私、今回、松原さんが、熊本に来てくださること、本当にありがたいことだと思うのよね。何より、熊本に来たいから来てくれるってこと。作品を持ってきてくれることは、あとから付け加えられたプレゼントで、もともとは松原さん、「熊本に観光にいくことが支援になるなら行こうかな」ってノリでお越しくださろうとしていたのです。

その上、松原さんは、熊本ではまだお目見えしていない、人気作家さんですので、おしゃれな熊本人の頬が上気するってもんです。

復興ってこういうことの積み重ねなのかなあと思います。ひとつひとつは小さくとも、それが重なれば大きな力になりますもんね。みんなが、petitせいしょこさんになって、それぞれ出来ることをして、大きなうねりにしたいなあなんて、おもっております。

写真は、今朝、湯のしから戻ってきた最新作です。八寸帯「せいしょこさんレッド」。うふふ、松原さんの帯留めと合いそうね。

明朝には熊本に帰ります。ブログ、更新できたらするね。展示会、どうかお越しください。特に西日本の方、新幹線に乗ればあっという間に熊本です。どうかどうか飛び乗ってください!東の方は飛行機でどうぞ!

Thursday,17 November 2016

チラ見せ、陣羽織ショール第二弾

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陣羽織ショールのチラ見せ、第二弾です。これは、緯糸が、真綿から手で紡いだ紬糸で、藍染めです。

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みかん色。チラ見せ第一弾の最後の写真はオレンジ。こっちはみかん。違うのですよ。

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少々青みのある、強いピンク。黒の中のピンク味の茶もアクセントです。

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濃いみどりと、鮮やかなみどり、それと青。

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レモン色。きみどり。ライム色。すっぱい感じ。

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赤と黒の配色の妙。赤がきれいでしょ。黒があるから、赤が目立つね。

Thursday,17 November 2016

熊本ゆかり便り、直前号前篇!!

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きものライターの安達絵里子さんが、和の國ブログに連載されている「熊本ゆかり便り」に、「吉田美保子展直前号・前篇」を書いてくださいました。

さすが文章の達人、引き込まれる文章です。ぜひお読みください。こちらです。→

特に文章後半の、清正公の声が天から降ってくるところ、圧巻!せいしょこさんは、今も、熊本の地で、いきいきと息づいているんだなあ。

さあ、あがけるのは明日までです。清正公にもっとほめてもらえるよう、もうひとがんばりいたします。

*上の写真は、絵里子さんが書いてくださった「賤ケ岳の七本槍」を羽織っている所ですが、もう一本はこの写真にも写ってません。7本目の槍がキモなのよ。ぜひ和の國さんに観にきてね。

Tuesday,15 November 2016

チラ見せ。ショールたち1。

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今回は久しぶりにショールもたくさん作りました。

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現代の陣羽織はショールかもなと思いまして。外出の際、心を鼓舞するものだし。体を包んで守るものだし。

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ちょいとチラ見せいたしますね。

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例えばこれはね、清正が活躍した「賤ヶ岳の七本槍」がモチーフ。とんがりが7本あります。写ってるのは6本だけど、もう一本大きいのがあるのだよ。

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これは、この写真じゃ分かりにくいけど、色の組み合わせ、上杉謙信の金襴緞子の胴服をモチーフにしました。戦国時代の武将って本当にすごいの着ているのだ。

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その色違い。

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巻くとこんな感じ。

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会場で巻いてみてね。どうかよろしくお願いします。

Monday,14 November 2016

チラ見せ。帯たち。

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新作帯の一部をチラッとお見せいたします。スナップで申し訳ないです。ちゃんと撮る暇ないのです。今はこれでご勘弁くださいませ〜。

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手前は猩々緋をめざした「清正レッド」。奥は清正公の具足がテーマの「清正ブラック」。

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手前が清正公の舶来の上衣がモデルの「清正ストライプ」。中が清正のボス、秀吉公の具足がモデルの「秀吉レッド」。猩々緋が効いているでしょ。奥が清正の具足の色々威がモデルの「清正縞」。

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染め帯にもチャレンジしました。テーマは加藤家の家紋、蛇の目紋です。手前は純金の金箔を貼ってます。「清正ゴールド」。真ん中は「清正ブルー」。奥は「清正ブラウン」。

まだまだあるよ。会場で見てね。一点一点の詳しい説明も会場でさせてもらうね。カモーン。

Sunday,13 November 2016

最後の一本

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「清正公の陣羽織」展、あと一週間となりました。今、八寸帯の最後の一本に取り組んでます。上の写真は昨日だよ。経糸をブラッシングしたところ。間に合うのか!!落ち着いて集中してギリギリセーフできるはず。手持ち搬入めざしてがんばります。

仲良くして下さってる方とか、また、思いがけない方からも、ありがいありがたい陣中お見舞いいただいております。うっわーー!本当にびっくりうれしいです。涙が出ます。

私にとって、染めたり織ったりは普段の仕事の延長で、特別なものではないのだけど、こうやって、個展に向けていろいろ届いたりすると、改めて心が引き締まります。これはがんばらんと。この陣中見舞いは私にいただいたのではなく、熊本にいただいたんだ。これを生かして、いい作品作って、作品展を盛り上げて、お客樣方に喜んでいただいて、熊本を賑やかにしよう。

制作できるのは正味6日。後悔ないよう、精一杯作ります。

Wednesday, 9 November 2016

熊本ゆかり便り11月号、銀線細工の松原さん

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熊本在住きものライターの安達絵里子さんが、和の國さんのブログに連載中の「熊本ゆかり便り11月号」に、「清正公の陣羽織」展のことを書いてくださいました!今回は、ご案内状にフォーカスして書いてくださってます。さすがの文章、優しくて的確。読みいってしまいます。ぜひお読みになってください!→

それから、ひとつ、すてきなニュースがあります。この展示会に、銀線細工の作家さん、松原智仁さんがジョイントしてくださることになりました。銀線細工って、銀の細い線をねじったり曲げたりして作り出す、繊細な繊細なアートです。帯留めやピアスなどのご出品です。松原さんは、大人気の引っ張りだこの作家さんですが、たぶん熊本では見られる所ないのでは?おしゃれな熊本人のみなさま、これはチャンスですぞ。

松原さん、そもそもは、熊本の応援をかねて、この展示会に遊びに来てくださろうとしていました。それなら、せっかくだから作品を熊本の皆さんに見せて差し上げれば?という声を受けて、参加の運びに。その上なんと、特別に、熊本をイメージした新作を作って下さるとのこと。たぶん、いまごろ鋭意制作中と思われます。楽しみね〜。松原さんのサイトです。→

*写真は昨日の仕事場。出品作を一同に並べタグをつけました。ふう、やれやれ。もうひといき。

Friday, 4 November 2016

あと2週間!清正ならどうする?

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気がつくと再来週の土曜は、帰熊の日。うわー、焦るわー。とはいえ出来ることしか出来ないのだ。粘り強く、コツコツと作り続けるしかない。

戦乱の時代を生き抜いた清正公なら、こんなせっぱ詰った時、どうするだろう?

おーい、せいしょこさーん!

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個展が決まって、よし、テーマは清正の陣羽織だって決めた昨夏に、まずしたことは、大和市立図書館のサイトに検索を掛けて、思いつく限りのキーワードを打ち込んで、出てきた本をすべて借りることだった。そして、バラバラとめくって、気になる所に付せんを貼り、読むの日々。難しい本は読んでない。〇〇歴史読本とか言う名前の、ムック本とか、そんなの。

私のような10代終わりに故郷を離れ、特に歴史に興味をなく、、、、というタイプの人間にはとって、清正公は、熊本城を作ったお殿様という以外、知らないのだ。
私の子どもの頃のせいしょこさんのイメージは、今は、藤崎宮秋の例大祭と言われている、通称ボシタまつりの隋兵行列の、当時の星子熊本市長が、清正公のコスプレをして、馬に乗って、先頭を歩いてた。その市長さんのコスプレこそが、清正公のイメージだ。

これではいかん。正確な知識、カモーン。

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それで、本を読んで初めて知った、清正のこと。

1562年6月24日、尾張中村で生まれる。幼名、夜叉丸。元服後は虎之介清正と名乗った。母が秀吉の生母の伯母であったことから、小さい頃から秀吉に仕えた。身長は2m近くあったらしい。
1582年、賤ヶ岳の戦いで大活躍して、「七本槍」の一人として、名をなした。
1592年と1597年の朝鮮出兵で活躍。虎狩りしたとか、しなかったとか。
1596年、慶長元年、近畿地方に大地震が起こったとき、清正は直ちに伏見城に馳せ参じ、秀吉のために働く。当時、秀吉は誤解から清正のことを疎んじていたのだが、その勘気を解く。このことから、清正は「地震加藤」を言われた。清正は、築城、治水、干拓の名手であった。
1600年の関ヶ原の戦いでは、東軍に加担。それにより、家康より肥後全土を与えられる(それまでは北半分だった)。
1607年に熊本城が完成。
1611年、秀吉に恩を感じていた清正は、京都二条城での、家康と秀頼の会見に同席。無事を見届ける。その帰り道に病気になり(一説では京都で毒を盛られた?)、1611年6月24日、熊本の地で死す。享年50歳。

清正の死後、かねての約束通り、娘の八十姫が家康の十男、徳川頼宣に嫁ぎます。なんとその孫が八代将軍吉宗です。ちょい残念なのは、清正の血は入ってないってこと。八十姫はお子様ができなかったらしく、養子を実子のように育てたとのことです。

一方、跡継ぎの加藤忠広は、きちんとした理由は分からないけど、改易(初めて知った言葉だけど、更迭って意味らしい)されています。豊臣の子飼いの血筋は、徳川にとってじゃまだったってことなのか、はたまた、素行が悪かったからなのか?


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